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【第12回JASRAC音楽文化賞受賞】北海道農民管弦楽団 代表 牧野時夫さん「鍬(くわ)で大地を耕し、音楽で心を耕す」

2025年11月18日に発表された第12回JASRAC音楽文化賞。受賞者のうち、北海道農民管弦楽団は、宮沢賢治の理念に共感し、農民の生活と芸術を結びつけてきたオーケストラである。代表の牧野時夫さんは、「鍬(くわ)で大地を耕し、音楽で心を耕す」をモットーに、30年以上にわたり、北海道各地で音楽の楽しさと温かさを届けている。

農業に携わる人々が集うオーケストラ

「団員の多くは農業関係者です。専業農家の他、農協職員、農業試験場の研究者、農業改良普及員、農業系専門学校の先生、農学部の学生、農機具メーカーの社員など、広く"農"に関わる人たちが中心です。直接農業に携わっていなくても、理念に共感してくれれば歓迎しています」

現在、団員は約60名。賛助を含め、90名以上の団員が参加した演奏会もあった。団員の居住地もさまざまだ。牧野さんが農園を営む余市町だけでなく、北海道各地から集まっている。

「農繁期は作物の世話でどうしても時間が取れません。だからこそ冬の農閑期に集中して集まるんです。雪が積もって農作業が止まると、今度は"音楽の季節"が来るんですよ。北海道だからこそできた形です」

農閑期の練習は週末に札幌へ集まり、丸一日かけて合奏を行う。車で往復数百キロメートルかけて参加する団員も少なくない。

「それでもみんな来るんです。音楽を楽しみに、一年を過ごしている人ばかりなんですよ」

宮沢賢治の夢を現代に

学生時代に出会った宮沢賢治の『農民芸術概論綱要』に強く心を揺さぶられた。1920年代に書かれた同書には、"農民こそが大地に根差した芸術を創造し、世界の幸福を願う存在である"という理念が掲げられている。

「農民が芸術をつくるんだという発想に、雷に打たれたような衝撃を受けました。農作業に追われる日々の中にも、文化や芸術が根付いていく世界がある。そんな社会を賢治さんは本気で思い描いていたんです」

賢治が目指した「農民たちによるオーケストラ」は、演奏会を開催する前に途絶えてしまった。

「それを知ったとき、だったら自分が現代にその続きをやろうと思ったんです。賢治さんが見た夢を、もう一度大地の上に咲かせたいと感じました」

牧野さんは「農業と音楽を両輪として生きる」という自らの生き方が明確になった。大学卒業後は山梨県のワイン会社に就職し、経験を積みながら資金を蓄えた。その間も心にはずっと、賢治の言葉が灯り続けていた。

「30歳までには百姓になりたいと決めていました。農業の世界に入るなら、賢治さんと同じ30歳で踏み出したいと」

その決意どおり、30歳で北海道余市町へ移住し、有機農業を開始した。そして1994年、有機農業研究会の学習会で、学生時代に同じく農業と音楽を志した仲間たちと再会する。

「やっと実現できるかもしれないと思いました。あの夜、みんなで話しながら、冬なら札幌に集まって練習できると盛り上がって。そこから一気に動き出しました」

就農から3年、こうして北海道農民管弦楽団が誕生した。第1回演奏会は吹雪の中、「札幌芸術の森」で開催された。観客より演奏者の方が多い状況だったが、牧野さんの胸は熱かった。

 「会場の外は大荒れでも、僕らの気持ちは晴れ渡っていました。ついに始まったという実感がありましたね。あれは本当に、夢が叶った瞬間でした」

「大地を耕し、心を耕す」理念の下に

モットーである「鍬で大地を耕し、音楽で心を耕す」には、牧野さんの哲学がつまっている。この言葉は、農業を営みながら音楽を続けてきた経験から生まれたものだ。

「耕すという言葉には、農業と文化の両方の意味を込めています。農業は、食べて生きるためにどうしても欠かせないもの。一方で、音楽や芸術は、人が生きるために必須ではないと思われがちですが、人間らしく豊かに生きるためには、本当に必要なものだと思うんです。農家は日々、土に向き合い、自然と向き合い、大変な仕事もたくさんあります。でも、だからこそ心を耕す時間が必要なんです。音楽はその役割を果たしてくれる。農業と音楽、どちらが欠けても人生のバランスが保てないと感じています」

牧野さんは、有機農業とオーケストラの共通点をこう語る。

「有機農業は土や水のほか、微生物や昆虫など、さまざまな生き物の働きが重なってやっと成り立ちます。一つでも欠けるとバランスが崩れてしまう繊細な世界です。オーケストラも同じで、異なる個性を持つ人が、それぞれの音を大切にしながら一つの音楽を作り上げる。効率ではなく"共生"が中心にある世界なんです」

農業に根差した暮らしと、音楽への純粋な情熱。この二つが寄り添い育ってきたオーケストラを率いる牧野さんが掲げる言葉は、まさに楽団の理念そのものだ。

地域と共に、世界へ

30年の活動の中で、楽団は道内各地、約25市町村で演奏を重ねてきた。

「小さな町ほど喜んでもらえます。プロのオーケストラが来ない場所でも、私たちなら行ける。そこで音楽を楽しんでもらえるのが何よりうれしいです」

中でも夕張での演奏会は忘れがたい思い出だという。財政破綻直後の厳しい状況で、ホールの暖房が十分には使えなかった。

「農家仲間がジェットヒーターを持ち込んでくれて、なんとか演奏ができました。大変でしたが、地元の方々の温かい支えで無事に開催できた。忘れられない思い出です」

活動の輪は海外へも広がった。2011年、初の海外公演としてデンマークを訪れ、現地のアマチュアオーケストラと共演。牧野さんが編曲した日本民謡を披露した。

「農民がオーケストラをやっているというだけで驚かれましたが、皆さんとても温かく迎えてくれました。音楽を通じて、国や文化を超えて心が通じ合うのを感じました」

また、2013年、賢治の故郷である岩手県花巻市で没後80年を記念した演奏会を開催したことが、大きな転機となった。この公演をきっかけに、東北でも「農民オーケストラをつくりたい」という声が高まり、東北農民管弦楽団が誕生。北海道農民管弦楽団の理念は、東北の農村や海外にも広がりを見せている。

次の世代へ ― 余市農芸学舎の挑戦

2024年、牧野さんはNPO法人余市農芸学舎を設立した。これは賢治が設立した「羅須地人協会」や、デンマークの民間教育機関「フォルケホイスコーレ(Folkehojskole)」の理念に共感して生まれた。「生きるための労働だけでなく、人間らしく生きるための文化を学ぶ場をつくりたい」という牧野さんの思いから、農業体験と芸術活動を融合させた学びの場を目指している。

「農作業を通じて自然と向き合い、音楽や芸術を通じて心を耕す。その両方を体験できる場所にしたいんです。ここでの学びが、地域に根差した新しい文化の芽になることを願っています」

自身が指揮を務めてきた北海道農民管弦楽団についても、次の世代への継承を見据えている。

「いつまでも自分が指揮できるわけではありません。若い人が育ち、次の時代の音楽を紡いでいってほしいです」

音楽で心を耕し続ける

「これまで地方での演奏を続けてきましたが、今後は新しいことにも挑戦したいです。夏の野外コンサートや、再び海外での公演などもできたらと思っています。音楽が好きだから続けてこられたんだと思います。農業も音楽も、どちらも人を生かす力があります。これからも地域の人たちと一緒に、音楽で心を耕していきたいです」

牧野さんの言葉の一つひとつには、自然と人、音楽と暮らしを結ぶ深い哲学がある。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」――宮沢賢治の言葉を胸に、北海道の大地から生まれる音楽は、これからも多くの人の心を耕していく。

北海道農民管弦楽団 Profile

現代表の牧野時夫氏が中心となり、1994年結成。農閑期に一堂に会して演奏会を行うことにより、自らの研鑽と地域文化の発展に寄与することを目的に活動するアマチュアオーケストラ。1995年1月、初の演奏会を開催、以降北海道内各地で年1回の演奏会を開催する。2011年デンマーク公演、2013年宮沢賢治没後80年を記念し、岩手県花巻市で公演を行った。農村文化の担い手との交流を図るとともに、都市住民に農村と農業への理解を深めてもらうため、積極的に各地での公演を行っている。2000年「第6回ホクレン夢大賞」、2007年「第15回北海道地域文化選奨特別賞」、2012年、2015年、2019年「ウィーン・フィル&サントリー音楽復興祈念賞」、2018年「第28回イーハトーブ賞」を受賞。2025年、第12回JASRAC音楽文化賞受賞。

(インタビュー日 2025年10月21日)