Creators' View

JASRAC®一般社団法人 日本音楽著作権協会

私の音楽は作品の世界へと旅するためのもの。 富貴 晴美

私の音楽は作品の世界へと旅するためのもの。

富貴 晴美

「タイタニック」との
出会い

幼稚園児のときから「アラビアのロレンス」、「風と共に去りぬ」、「チップス先生さようなら」などの名画を母と一緒に観ては、メインテーマをすぐピアノで弾いたりしていました。その頃は遊びの感覚でしたが、小学校6年生のときに映画館で「タイタニック」を観て、「作曲家になりたい」と思い両親に伝えました。主人公が走って乗船するところでもう泣いてしまったんです。一緒にいた友人が「まだ出港してないよ」って(笑)。物語と関係なく、壮大な映像と音楽の素晴らしさだけで「ああ、こういう音楽をつくりたいなあ」と思いました。作曲家になる方法を家族の誰一人知らない状況で、しばらく悩んでいたのですが、近くの音楽教室を訪ねたときに、受付の方が、たまたま国立音楽大学の先生を知っていて、紹介してもらうことができました。その頃からもう作曲家を目指していました。

奄美大島龍郷町の西郷南洲流謫跡
(西郷夫妻が愛息と暮らした部屋)

メインテーマは
「作品の顔」

脚本を読むとすぐメロディが浮かぶ点では、苦しみはありませんが、メインテーマに関しては、これが「作品の顔」で良いのかと自問自答を繰り返しています。すぐ浮かんだメロディを一旦寝かして他にいろんなメロディを作ったり、作品の舞台になった場所を旅して、その土地に根付いた音楽をリサーチしたりしています。いいメロディを作りたいという気持ちが人一倍強いので、映画やドラマに合うのであれば、リズムトラックだけの曲も作りますが、1曲は、みんなに口ずさんでもらえるようなメロディを届けたいなあと思っています。

発想の源泉は
読書と旅行

私の場合、発想の源泉は読書と旅行です。大河ドラマ「西郷どん」のときは、伝記や歴史書を読んで自分なりに西郷像を持っていましたが、中園ミホ先生の脚本を見ると、上野の西郷さんのようなどっしりとしたイメージではなく、明るく若々しくて、人々のために懸命に走り回る"民に近い存在"でした。そこでメインテーマは重厚な曲にせず、軽快で口ずさめる親しみやすいものにしました。曲想に悩むと本を何回も読み返します。旅行では音楽のリサーチをします。「西郷どん」では奄美大島の居酒屋で、「誰かいい音楽家いませんか?」と尋ねたところ、店主が島唄歌手の前山真吾さんを電話で呼んでくださいました。その後、劇伴でも歌ってもらいました。ほかにも地元の人から、リズムやテンポの取り方、音階、歴史まで教えてもらったりしました。奄美大島に行って初めて、島の北と南でリズムの取り方が違うことを知りました。西郷さんが住んでいた龍郷町(たつごうちょう)は北の方だったので、奄美大島のシーンで使用する音楽は、そのリズムパターン、音階、言葉を用いました。朝ドラの「マッサン」のときは広島、大阪、北海道余市(よいち)を訪ねて、映画「わが母の記」では沼津に行ったり。4月に公開予定のアニメ「バースデー・ワンダーランド」は、舞台が架空の世界ですが東ヨーロッパの町並みを感じたので、自分が旅行した時に撮影した写真や実際の映像を探して見たりしてイメージを膨らませました。プロになってからは、依頼を受けた作品の世界観を作る責任を、強く感じています。劇伴の仕事ですから、役者さんが演じる役に憑依されるように、その作品の世界観にしっかりと浸らなければと。映画「関ヶ原」のときは、男になりきるためにズボンだけを履いて、髪をきゅっと結んで、大好きなスイーツを絶って“武将感”を出して作曲に励んだんですよ(笑)。

北海道余市町の旧竹鶴邸
(「マッサン」の主人公のモデル夫妻が暮らした部屋)

音楽で聴き手と旅を

日常的に自分の音楽を聞いてくださるとうれしいです。ドライブで聴いてるよとか、目覚まし時計のアラーム音にしているよとか。小さい子や学生さんから、ピアノの発表会、吹奏楽、オーケストラの演奏会で私の曲を演奏する様子を動画で送ってくださることもあります。サントラを聴いて映画を見たよとか、ドラマにはまったよ、とかのコメントをくださることも多いです。そういう私の音楽に耳を傾けてくださる方々の存在はありがたく、幸せなことだと思っています。いくら名曲と自分で思っても、誰にも聴いてもらえなければ寂しいので。聴いてくださる方が私の音楽を通じて、作品の持つ世界観を一緒に旅してもらうことを願いたいです。

これから手掛けたいこと

子供が喜ぶような音楽を作りたいです。子どもが大好きで人形劇を2作品手がけました。大河ドラマの制作時期と重なっていたんですが、率先して引き受けました。子供が喜んでくれる顔を見ると本当にうれしいんです。もう一つは、自分のピアノ曲集を作って発表したいです。いつもは脚本をもとに作曲していますから、子供から大人まで日常的に弾いてもらえるショパンの練習曲のような作品を手掛けたいと思います。自分は幼い頃、そんな曲を弾いて、やがてオーケストラに憧れてこの道に進み、大学時代は現代音楽、プロになってからはCM音楽、映画やドラマの映像音楽を作ってきましたが、一回りして元に戻った感じです。

沖永良部島で西郷が過ごした格子牢

富貴 晴美

作曲家・編曲家・ピアニスト/1985年生まれ/大阪府出身
2013年に「わが母の記」で第36回日本アカデミー賞音楽賞優秀賞を最年少で受賞。主な作品:ドラマ「西郷どん」「マッサン」アニメ「ツルネ」「ピアノの森」映画「こんな夜更けにバナナかよ」「関ヶ原」「日本のいちばん長い日」CM「カロリーメイト」ほか
2008年12月からJASRACメンバー