「ろばの会」の結成

 大中恩というと童謡のイメージが強いかも知れませんが、東京音楽学校を卒業してしばらくは、歌曲や合唱曲が中心で、子ども向けの歌なんて作ったことがありませんでした。30歳を過ぎた頃でしょうか、学級が2つ上だった作曲家の中田喜直さんらが中心となって、童謡に新しい風を吹かせることを目的に「ろばの会」という作曲家の集まりを結成しました。当時の童謡の歌詩は、父親や母親を「お父様、お母様」と表現するなど、あまり子どもに向けられたものではありませんでした。そこで、「おやじ、おふくろ」だとか、遊び心があって、子どもたちに受け入れられやすい歌詩の童謡をつくっていきたいということで、詩人に呼びかけるために作られたのです。

 中田喜直さんから「子どもの歌をつくらないか」と誘っていただいて、面白そうだと思ったのですぐに参加することを決めました。メンバーは、私のほかに中田喜直さん、宇賀神光利さん、磯部俶さん、中田一次さんがいらっしゃいました。僕と童謡との出会いは、「ろばの会」になりますね。

従弟にあたる阪田寛夫さん

 僕は従弟にあたる阪田寛夫の詩でたくさん曲を書いているのですが、彼とは幼少の頃から仲が良く、夏休みの度に大阪の彼の家に遊びに行っていました。阪田はテニスコートが2面もあるような豪邸に住んでいて、ピアノがあっちの棟にもこっちの棟にも置いてあり、家に足踏みオルガンしかなかった僕からすると相当羨ましかったですね(笑)。彼は朝日放送に勤めていたのですが、「ウタの詩を書いて生活したい」と相談してきました。当時色々なところから作曲の仕事を頼まれていたので、僕は少し己惚れてしまっていたのでしょうか、「詩をつくるなら仕事を辞めな、勤めてちゃ良い詩は書けないよ」と彼に言ってしまったのです。しばらくすると、阪田が本当に仕事を辞めてしまいました。僕はこれまでの人生で会社勤めをしたことがないので、会社を辞めるということがどれだけ大変なことなのかわからなかった(笑)。その阪田と、あの「サッちゃん」を創作することになるのです。

「サッちゃん」のモデルはチンパンジー?

 1949年から、NHKラジオで子ども向け音楽番組「うたのおばさん」が放送されていました。その番組の放送10周年を記念して、番組で歌っていた松田トシさんのリサイタルが開かれることとなりました。その時に、「ろばの会」の5人のメンバーから、それぞれ2曲ずつ童謡を贈ったのです。僕が贈ったうちの1曲が、「サッちゃん」でした。

 「サッちゃん」は僕から阪田に作詩を依頼しました。他の方と童謡をつくるときは事前に「こういう子ども心の詩をつくってよ」などと依頼するのですが、このときは阪田に何の注文もつけませんでした。彼の書いた詩を見てすぐにイメージが湧き、あまり深く考えることなく曲が出来上がりましたね。「サッちゃんはこういう性格だったのかな」なんて一生懸命考えていたら、あの曲は生まれてこなかったかも知れません。

 阪田に“サッちゃん”のモデルについて聞いたことがあるのですが、彼は「大阪の天王寺動物園のチンパンジーの名前だよ」と言っていました(笑)。後に、彼の幼稚園の二級くらい上のお嬢さんが本当のモデルだったことがわかりました。モデルの方は、「先生のイメージを壊してはいけないから」と、僕とは絶対にお会いになりたくないそうです。

長すぎた「いぬのおまわりさん」

 1960年のことです。「チャイルドブック」という子ども向けの絵本雑誌を出版する出版社から、「いぬのおまわりさん」の歌詩が送られてきて、曲を付けてほしいと頼まれました。しかし、最初はその話を断ったんです。「迷子の迷子の子猫ちゃん あなたのおうちは・・・」「にゃんにゃんにゃにゃん・・・」長いでしょう?子どもたちには長すぎて受け入れられない歌詩だと思ったのですが、何度も頼み込まれたこともあり結局曲を書くことにしました。

 詩は佐藤義美さんが書かれました。佐藤さんは常に洒落っ気をもっている方で、格好にしても何にしても、とにかく新しいスタイルを出しても全て似合うのですよ。「いぬのおまわりさん」を見てもわかりますが、歌詩にもユーモアがある。この曲も、「わんわん」や「にゃんにゃん」などの動物の鳴き声が入っているところが新鮮で、子どもにウケたんでしょうね。NHKのテレビ番組「うたのえほん」で放送されると、すぐに人気が出ました。その後今日に至るまで、これだけ子どもに愛されていることは、本当にありがたいことです。色んな年代の人が「子どもの頃から聴いていた」と言ってくれますが、本当に嬉しく思っています。僕の今8歳のひ孫もこの曲が大好きで、2歳の頃はちゃんと発音できずに、「いぬのおまなりさん」なんて言っていましたね。今はもう言えますけど・・・(笑)。

 この曲がなければ、僕は生活できていなかったかもしれないので、断らなくて本当に良かったと思っています。このことを「ろばの会」の中田喜直さんに話すと、「また君はそうやって音楽をお金の話にする」と怒られました。冗談で「中田さんはいくつもヒットした曲があるから良いじゃないですか、僕は1曲しかないんですよ」と言って笑うと、「自分の作品をお金に結び付けて笑って誤魔化すのはだめだよ」なんてまた怒られてしまいましたね(笑)。
でも、今改めて見ると、やっぱり「いぬのおまわりさん」は歌詩が長いですよね。どれだけ歌詩が長くても、良い作品に仕上がると子どもはちゃんと覚えてくれるものなのですね(笑)。

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