音人工房

JASRAC 日本音楽著作権協会

第10回 富貴 晴美 Harumi Fuuki

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  2. Vol.2
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Vol.2 作曲に対する考えが180度変わった経験 映像が活きる音楽を目指して

多くの劇伴を手がけられていますが、普段のお仕事はどのように始まるのですか?

富貴:企画書や台本をもらうと、まずは原作を読んで、とにかく調べ尽くします。例えば「マッサン」だと、主人公のモデルになった竹鶴とリタに関する本を全部買って読みました。広島の竹原、大阪の住吉、北海道の余市の三ヵ所が舞台になっていたので、一人で現地へ行って、場所の雰囲気を感じたり、色んな人に話を聞いたりもしましたね。

ご自身で取材もされるんですね。

富貴:せっかく書くなら、いい曲を書くためにできることをやりきったほうがいいと思っています。「マッサン」はメインテーマにスコットランド民謡の要素を取り入れたくて、バグパイプの研究をしたり、ケルト音楽に関する本もたくさん読みました。アイリッシュやスコットランド音楽のライブにも毎晩通いました。

制作サイドとは、何度もキャッチボールをされますか?

富貴:そうですね。監督が満足するまで「何回でも書きます」といつも言っています。監督のイメージ通りのもの、もしくはそれ以上のアイデアをぶつけたい。「その作品にとっての一番は何か」を常に考えています。

作曲するときのルーティンはありますか?

富貴:朝起きたら、1秒後には曲を書いています。朝起きた瞬間が一番ひらめいたりするので、すぐに取りかかります。

それはすごいですね。夢の中で作曲していることもあるんですか?

富貴:締め切り間際だと、音楽は常に頭のなかで鳴っていて、寝ているのか起きているのかも分からない感じです。1~2時間寝てまた書くということをしているので、寝た気にならないというか。

旅先でメロディが浮かんだ場合は?

富貴:スマホに口ずさんで入れたりもしますが、五線紙を持っていればオーケストレーションの楽譜を何段も書きますね。電車のなかで書いたりもしますよ。ドアに当てて書いていたら、ドアが開いてしまったりして(笑)。

ご自身が手がけられた作品のなかで、印象に残っている作品を挙げてください。

富貴:たくさんありますが、まずは一番最初に書いたドラマ「日曜劇場SCANDAL」ですね。大学院へ進むときに書いた作品で、初めてだったこともあり緊張していました。ジャズテイストの音楽で、研究しながら手探りで書きました。とても思い入れがあります。
それから、映画「わが母の記」。原田眞人監督との出会いは、とても大きかったと思っています。監督は音楽を誰よりもご存知で、頭の中に楽器の音色があって、作品によっては楽器指定があります。それも、リュートや胡弓、ビリンバウのような特殊な楽器が多いですね。ぴったりハマったら「最高に良い」と言ってくれるし、全然違うときは「全然違う」とバッサリ。特殊な楽器は、勉強したり実際に演奏者へ会いに行ったりして、その楽器の一番良い所を研究します。それから、自分のなかで咀嚼して、頭を一度まっさらにしてから書き始めるようにしています。

「わが母の記」では、最年少で日本アカデミー賞優秀音楽賞を受賞されました。その時のお気持ちは?

富貴:いっぱいいっぱいの状況で書いていたので、思いもよらなかったです。サントラを聴いてくださった方からたくさんコメントやメールを頂き、この作品でファンになってくださった方もいました。素晴らしい作品に携われて、自分にとってありがたい作品に巡り会ったんだなと思っています。

原恵一監督の映画「はじまりのみち」も思い入れがありますね。木下惠介さん(映画監督)の実話を基にした映画です。ラスト10分に様々な木下作品の映像が流れるんですが、その10分間の音楽を、一つのメロディで書いてほしいというオーダーがありました。それまで、映画やドラマで10分の曲を書くことがなかったので、とても苦戦しましたね。大晦日の夜にやっとOKが出て、泣いた覚えがあります(笑)。たった8小節のフレーズを、いかにつまらなくならないよう展開するかということを考えて、対位法など今まで学んだ技術を駆使しながら作りこみました。とても勉強になりましたね。聴いた方が飽きないと言ってくださったので、監督はこれを目指していたんだと思いました。

これまでのキャリアで、ターニングポイントになった作品は?

富貴:山田洋次監督の映画「京都太秦物語」です。考え方が180度変わりました。その当時は、映画音楽を手がけてまだ2作品目で、自分が「この映画にとってベストだ」と思うものを書いて出しました。でも、山田監督に聴かせたところ、首を傾げていて。傾げているということは、良くないんですよ。録音の時に譜面をどんどん書き直すことになり、でき上がったのは、映像を邪魔しない空気のような音楽でした。私が目指してたものと全然違ったのですが、監督が「音楽は映像があってのものだから、音楽だけで完結していなくていいんだ」とおっしゃったんです。
雷に打たれたようでしたね。自分は「何か勘違いしていたのかもしれない」と思いました。それまで、「最高の曲を書きたい。自分が良いと思うものを出せばいい」と考えていました。でも、それは大きな間違いだったんですね。作品は、音楽と映像が合って完成するということを学んだんです。次の作品からは、映像が活きる音楽を目指すようになりました。
山田監督には、早いうちに大切な事に気づかせて頂き感謝しています。

音人アイテム -OTOBITO ITEM-

富貴さんの創作活動に欠かせないアイテムをご紹介!

作曲する際、台本を何度も読み返します。
登場人物の心情や台詞にてらして、バックで流れる音楽を考えます。
その時、自分で演技をしながら台詞を読み、頭の中で音楽を鳴らすということをよくやっています。
そうすると、とても自然に音楽をつけていくことができます。

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