音人工房

JASRAC 日本音楽著作権協会

第3回 中塚武

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Vol.2 ゲームをするために買ったパソコンが曲づくりの原点

創作活動はいつ頃から始められたんですか?

中塚:小学生の頃にリコーダーを吹いていたときから、親友と曲を創って遊んでいたんです。作曲というかメロディを創るぐらいですけど。二音で作れば二人でできるから、うちにあったパソコンにデータを打ち込んで、パソコンを使って作曲してました。それを二人で聴いて、笛で吹いてっていうのは、ずっと前からやってたんですけど。曲を創ることはすごく好きだったんですよ、世界を創るみたいで。普通、音楽家の人ってまず楽器に興味を持って、演奏から入るじゃないですか。それで「そろそろ曲も創ってみようか?」みたいな話になるパターンが多いと思うんですけど、僕は楽器からじゃなくて、曲を創ることから楽器に入っていきましたね。楽器が上手になるまで練習するというよりも、僕が創った曲を誰かに弾いてもらうことのほうが、興味ありましたね。

その当時からパソコンで作曲をしていたっていうのはすごいですよね。

中塚:X68000っていう、シャープのパソコンを使ってました。両親に「未成年のときに一回だけ高いもの買ってあげる」って言われていて、僕は3人兄弟の末っ子だったんですけど、うちの姉貴が3面鏡の鏡台(化粧台)で、うちの兄貴がでっかいステレオ、僕はパソコンだったんですよ。本当はパソコンでゲームのプログラムをしたかったんですけど、数学に弱くて、全然わからなくて(笑)。音楽は割とプログラムが簡単だったんですよ。それでプログラムの勉強みたいな感じで、自分がリコーダーで創った曲とかを打ち込んで遊んでました。でも、僕より下の世代の人たちは、生まれたときから家にパソコンがあるでしょ。たぶん僕よりもっとすごいんじゃないですかね。

その後もずっとパソコンで作曲を?

中塚:そうですね。パソコンは紙の譜面代わりになって、譜面を手書きで書く労力がごっそり無くなるので、パソコンを使うことで相当な時間の節約になってると思いますね。スコアだったりパート譜は全部パソコンから出力しちゃいますね。

作曲をされるときは、どういった形で曲が浮かんでくるんでしょうか?

中塚:曲はいつでも浮かびます。どんなモチーフでもすぐに曲にできますね。「さぁ、やるぞ」って集中して創ることはあまりしなくて、いざ創るときに、そのとき頭に浮かんでいるメロディを単に書き出すっていう感じですかね。たぶんこの職業に向いてるんだと思います。職業作曲家といわれる方々はみんなそうだと思うんですけど、本当に「3日で何十曲創ってください」っていう世界だったりするので。

それはアレンジも含めてですか?

中塚:そうですね。なんとなくの空気感っていうのを含めた、こういう音質でとか、コード進行とか、リズムパターンとか全部一緒に出てきて、「これはあのマイクで、あの感じで録ったほうがいいんだよな」っていうことまで浮かんできますね。

詞が付いている楽曲もありますが、詞は曲とは別に浮かんでくるんですか?

中塚:詞は別に書き溜めていて。「この詞ってあの感じに合うかもな」って、詞を書きながら音像が浮かんでくる感じです。

詞を書き溜めておくノートを常に持っているんですか?

中塚:(i-Padを指して)ここに文明の利器が(笑)。僕はパソコンで音楽を創り始めたということもあって、文明の利器の恩恵には相当あずかってますね。たぶん最近の世代の人たちはみんなそうだと思います。でも、だからこそ“生演奏”のことを大切にしないといけないと思うんですよね。例えば今だったら電力の問題とかあるじゃないですか。でも、僕はずっと前から「自分は音楽家として電気がなくなったらどうするんだろう?」って考えてて。停電になってみんなが騒いでいるときに、一曲ポンと気の利いた曲をその場で歌ったり、演奏できるのが本当の音楽家だと思うんです。その部分さえ押さえておけば、どんな文明の利器の恩恵をあずかってもいいと思ってます。

先ほども「人間主導のところを失ってしまうと~」というお話がありましたけど、そういったところが中塚さんの音楽に対するこだわりになってくるんですね。

中塚:そうですね。鳥だってさえずりで求愛したりするので、人間以外にも音楽でうっとりする動物はいると思うんです。やっぱり人間だけが奏でられる音楽があって、それは機械じゃ出せないはずなんですよね。

中塚さんは、シンガーソングライター、アレンジャー、DJなど、さまざまな立場でお仕事をされていますが、どの立場が一番楽しめますか?

中塚:自分の音楽を自分で演奏しているときはいつも楽しいですよ。人が見てたりすると苦しいときもありますけどね。もちろん演奏するからお客さんはいるんですけど(笑)。でも、その緊張感が楽しかったりもするし。あとは自分の曲を創っているときは落ち着きますよね。

他の人が創った曲のアレンジを依頼されたときは、どこか落ち着かないところはあるんですか?

中塚:そんなことはないです。僕は依頼されて提出した後の修正依頼をほとんど受けないんです。なので、一緒に仕事をする人にいつも「気に入らなかったら僕の曲をボツにして別の人に頼んでください」って伝えるんです。それで、その期間も考慮したうえでスケジュールを作ってもらってます。実際に楽曲を提出したら「ごめん。中塚くん駄目だった」って言われて、結局違う人がやってたっていうことが結構あるんで。

今でもあるんですか?

中塚:もちろん。それぐらいのほうがいいと思うんですよ。だって自分がいいと思ったものを出すしかないじゃないですか。「先方が気に入ってくれるかも知れないな」っていう創り方だと、その時点では通るかもしれないけど、最終的な音楽の出口っていうのは、クライアントさんじゃなくて、もう一つ向こうのリスナーにあるんで。そこまで到達するためには、最初から強度とかスピードを持ってないと駄目だと思っていて。その勢いとか、ベクトルとか、スピードみたいなものがクライアントさんと合わないときもあるんですよね。

ご自身の楽曲で思い出深い作品を教えてください。

中塚:バンドでデビューしたときの曲と、自分のソロデビューの曲ですね。特にソロデビューの曲は思い出深くて。CMで使われていた曲なんですけど。それまでずっとバンドで活動してるときは、バンドとして評価されるので、自分個人に対する評価っていうは、あるのかないのかわからなかったんですよ。僕、ずっと作曲に関して褒められたことがなかったんです。幼少期から親の意向などで音楽をやってる人であれば、小さいころから音楽で褒められる回数が多かったりするじゃないですか。でも、僕はそういう始め方をしていないので、誰かに音楽で褒められた経験が全然なくて。だから最初は、「自分の曲はもしかして社会に通用しないんじゃないか」「必要とされてないんじゃないか」っていう思いがずっとあって。ゲーム会社に入ってからもずっとバンドを続けていたので、親からは「早く音楽を辞めろ」って言われていたんですよ。「音楽やってるんだったら家から追い出す」って言われて、一度レコーディングの最中に家から追い出されたこともあるんですね。そういうこともあって「僕は音楽をやっちゃいけない星の下に生まれたのかな」っていう気分だったりした時期もあります。けれど、ソロデビュー曲の前後ぐらいから、作曲家として少しずつお仕事を依頼されるようになってきて、「仕事を頼んでくれるということは、自分を必要としてくれる人が出てきてるんだ」って実感できた時期でした。自分の中で一歩踏み越えられたっていう感じでしたね。人から必要とされて、音楽をやってていいんだと思えたというか。人から褒めてもらうって大事ですよね。

それは非常に大きな一歩ですね。

中塚:そう、本当に。タンパク質が生物になったような(笑)。

中塚さんは褒められて伸びるタイプですか?

中塚:いやいや、そんなことはないですよ。「これだけ褒められたからちょっとサボれるな」って考えることのほうが多いですね(笑)。のんびりしてるんです。

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中塚さんの創作活動に欠かせないアイテムをご紹介!

中塚:i-Padですね(笑)。本当便利ですよ。楽譜も書けるし、メモもできるし、レコーダーにもなるし。スマートフォンでもいいかもしれないですけど、タブレットぐらいの広さがあると何でもできますよね。i-Padがなかったときって、どうしてたんだろう…思い出せない(笑)。

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