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2022年11月25日
一般社団法人日本音楽著作権協会
(JASRAC)

写真家・音楽評論家 石田昌隆氏インタビュー

日本音楽著作権協会(JASRAC)は、「Songs for Ukraine」キャンペーンの一環として、70年代から世界各国を巡り、ワールドミュージックの動向にも詳しい石田昌隆氏から、ウクライナを起点としてワールドミュージックの魅力を伺いました。ぜひ、ご覧ください。


ウクライナ支援のためにミュージシャンが団結

interview.jpeg2022年3月10日、ウクライナ支援を呼びかける音楽イベント「ア・ベネフィット・フォー・ウクライナ」がニューヨークで開かれました。主催したのは、多国籍ロック・バンド「ゴーゴル・ボールデロ」を率いるギター・ボーカルのユージン・ハッツ。彼はウクライナ出身で、母方の祖母が〝ジプシー〟。自らの音楽を「ジプシー・パンク」と称しています。

このイベントにパティ・スミスやスザンヌ・ヴェガなどアメリカの著名なミュージシャンが出演し、収益がウクライナ軍に寄付されました。6月にもキーウで同様の音楽イベントが計画されましたが、こちらは中止されました。「ゴッドファーザー・オブ・パンク」と呼ばれるイギー・ポップが出る予定でしたから、このイベントについても音楽の力が注目されていました。


ユージン・ハッツはコンサートの収益金を、同国の難民の支援にではなくウクライナ軍に使ってもらいたいと求め、参加したアメリカのミュージシャンが賛同しました。ロシア軍によるウクライナ侵攻に対して、現実的な支援をミュージシャンや音楽ファンが支持したのです。


今でこそロシアによるウクライナ侵攻に対して、自国を守るには武力で押し返さざるを得ないという危機的な状況を多くの人が理解していると思いますが、このような常軌を逸した現実に、音楽で何ができるかを問うミュージシャンは少なくありません。


ジプシー音楽を根幹に持つウクライナ音楽

ウクライナは、ウクライナ語やロシア語のポップ音楽やヒップホップが盛んですが、クラシック、伝統音楽のほか、クリミア・タタールの音楽や、いわゆるジプシーの音楽などもあります。2000年、ルーマニアで伝統的なジプシー音楽に取り組むバンド「タラフ・ドゥ・ハイドゥークス」の『バンド・オブ・ジプシーズ』というCDのジャケット撮影を手掛けました。タラフ・ドゥ・ハイドゥークスは世界的にも成功したバンドです。このとき、彼らと交流を深める中で、ルーマニアと接するウクライナの音楽がジプシーの存在抜きに語れないことを知りました。今回の戦争でよく名前が出てくるウクライナ西部の地名の一つにリビウという町があります。その南にムチャチェヴォという村があって、そこはジプシー音楽が特に盛んなところです。

ジプシーという言葉が差別的だからと〝ロマ〟という言い方をしようという動きがありますが、タラフ・ドゥ・ハイドゥークスもゴーゴル・ボールデロも、メンバーは自分たちのことをジプシーと呼んでいます。ロマと自称するジプシーもいますが、ロマと自称していないジプシーも多い。現地では多くの呼称が使われていますが、実はすべての呼称が差別的な言葉を指しているのです。結局どの言葉も差別的に使われてきたからです。総称をロマと一括りすることは本人たちにも違和感があるようで、歴史的に用いられてきた「ジプシー」をポジティブな呼称で捉え直すしかないだろうなと私自身は思っています。

ジプシー音楽のミュージシャンは、元々は、コンサートやCDで収益を上げるというよりも、冠婚葬祭での演奏で謝礼金をもらうなどして生計を立てていたようです。


ウクライナ発のロック・バンド、DJ

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国内外のロックミュージシャンが集まる音楽フェスティバルの一つ「サマーソニック」で、2009年に出演したゴーゴル・ボールデロのオフィシャルカメラマンを務めました。そのときに、リーダーであるユージン・ハッツの母国ウクライナでも、彼らの活動を撮りたいと思いました。その年の12月にキーウで「バルカン・フェスト」という2日間の音楽フェスが開催されると知り、個人の仕事として主催者にオファーして初めてウクライナに渡りました。

当時、海外でも人気があったバンドが出ましたが、初日のトリを務めたのがゴーゴル・ボールデロでした。6,000人くらいの会場で、ウクライナの若者も日本の音楽ファンと変わることなく熱狂していました。


ユージン・ハッツは1988年、アメリカ出身のオルタナティブ・ロックの雄「ソニック・ユース」のウクライナでのライブを観て触発されたと聞いています。欧米でのポピュラー・ミュージックへの純粋な憧れだったのだと思います。ゴーゴル・ボールデロはロンドンで開催された「ライブ・アース」でマドンナとも共演するまでに至り、彼女に気に入られたハッツはその後、彼女の初監督作品で主演を務めています。ゴーゴル・ボールデロはジプシー音楽のテイストも取り入れた音楽的に素晴らしいバンドですが、日本での知名度が低いため、ぜひ多くの人に聴いてもらいたいです。

私が知る限り、ウクライナで活躍する女性DJのナスティヤは、ゴーゴル・ボールデロに次いで世界的に有名です。お台場で開催されたエレクトロニック・ダンス・ミュージックのイベント「ウルトラ・ジャパン2018」で来日しました。東欧ではテクノ・ミュージックが支持を集めており、彼女が頭角を現わしてきたのもその流れを受けてのものだと思います。

他にもウクライナには若者の支持を集めるミュージシャンが数多くいます。例えばイギリスの「マッシヴ・アタック」にプッシュされ、TBS報道局の金平茂紀記者も現地で取材していた同国の人気ロック・バンド「オケアン・エリズィ」のリーダー、スヴャトスラウ・ヴァカルチュークや、「U2」のボノとエッジがウクライナを訪ねた際、地下鉄で一緒にライブ演奏をした「アンティティラ」のタラス・トポリアなどがそうでしょう。両バンド共、ウクライナ人なら誰でも知っているミュージシャンだと思いますが、彼らを含めて同国で人気のあるポップミュージック、あるいはヒップホップが他国でなかなか人気が出ないのは、どうしても言語の問題があるからと考えます。ウクライナ語を用いる彼らのメッセージが海外のリスナーに届かない面があるかもしれません。


未聴の国の音楽を探る楽しみ

ウクライナだけでなく、旧東欧、ブルガリア、チェコ、ハンガリーなどはどこでもドメスティックな音楽シーンで盛り上がっています。各国や地域ごとに全然違う。HPにあるウクライナ・ミュージックのプレイリストがあれば、ちょっと聴いてみようと思いますね。私は未聴の国の音楽を聴くときは、まずどこの地域から出てきた音楽かを調べたり、同じ国でも地域ごとに文化が違うため、どういう立ち位置の音楽なのかチェックして聴いています。そうすることで徐々にその音楽固有の特徴がわかってくるというのがこれまでの経験則としてあります。

Jポップは日本国内のマーケットや著作権制度がしっかりしていますから、キチンと対価が作家に還元されています。ドメスティックな音楽で成り立っている国は各国に多く、ウクライナも人口4,400万人で、日本のJポップのように、国内で人気があればウクライナの作家は本来、そこそこの収入が得られるはずです。今回の戦争で収入が激減しているのは間違いなく、経済的に追い込まれていることが想像に難くありません。その意味で、CISAC(著作権協会国際連合)がウクライナのミュージシャンの作品をプレイリストにまとめて配信事業者や放送局へ利用を呼び掛けているのは大きな意義があると思います。日本を含む多くのロック、ポピュラー・ミュージックのファンがウクライナの音楽を知り、配信やCDで音楽を楽しんだり利用したりしてもらえたらと願います。

近年になってやっと判ったことがたくさん出てきました。たとえば、70年代後半から80年代前半までのイギリスのレゲエに、ラヴァーズ・ロックというスタイルがあります。音楽自体はポリティカルではなく、主に女性ヴォーカルによるポップでスウィートなレゲエですが、カリブ海からの黒人移民に対する差別的な社会状況のなかで歌われていたというポリティカルな存在理由が判ってきました。こういうのはその国の文化を理解しないとなかなか判らないのではないでしょうか。ウクライナの音楽や、外国人にとっての日本のJポップもそうですが、その国の文化や歴史を少しでも知れば楽しく聴けるようになると思います。


追録・ウクライナの映画

interview_1.jpgウクライナには「ジプシー」ともう一つのキーワードで「ユダヤ人」というポイントがあります。ゼレンスキー大統領もユダヤ系ということはよく知られています。ユージン・ハッツはユダヤ人ではないですが、ニューヨークはイスラエルから移住したユダヤ人がたくさんいる町で、バンドのメンバーにはユダヤ人がいて親和性があります。

関連した映画が何本かあるので紹介します。2005年の『僕の大事なコレクション』は、ユダヤ系アメリカ人が、ルーツであるウクライナを訪ねる映画で、ユージンが現地通訳の役で出ています。2004年公開の70年代ニューヨークの音楽シーンを描いたドキュメンタリー映画『キル・ユア・アイドルズ』は、70年代のニューヨーク発の音楽を面白いと思うなら、2000年代の今はゴーゴル・ボールデロの音楽が面白い、ということを表現した素晴らしい映画です。「本当のオルタナティブな音楽はウクライナのジプシー音楽を取り入れた音楽で、スタイルだけまねてもだめだよ」という映画になっています。ユージン・ハッツが自身のルーツを旅するドキュメンタリー映画『The Pied Piper of Hutzovina』。ハンガリー側からウクライナに入って、ウクライナのジプシーの村を訪ね、現地のジプシーと音楽のセッションをするという映画です。これらはウクライナの音楽を理解する上でも推薦したいと思います。