父の期待を裏切り「音楽の道」へ

 私の家族に音楽家はいませんが、兄が電蓄(※注)を作りSPレコードでクラシックを聴いていたり、姉がピアノをやっていたり、母がお琴をやっていた環境はありました。
(※注:電気蓄音機。まだモノラルであったが大型のスピーカーを備え、モーターでターンテーブルが廻る当時の先端的オーディオシステム。)

 私が音楽を直接体験(演奏)したのは、中学の吹奏楽部でしたが、クラリネットやトランペットなどの華やかなパートではなく、1、2年で打楽器、3年でチューバと、音楽を支える裏方的パートを経験したことが、私の音楽人生の原点なのかもしれません。

 もっとも、その頃は音楽家になるつもりは全くありませんでした。私は次男坊ですが、父が会社経営(電子部品)をしており、大学の工学部まで進みましたが、自分の適性や能力を考えた時、見えてきたのが「音楽の道」だったということです。大学を飛び出し、恵比寿にあったヤマハの教室に通い作編曲コースで学びました。大学まで進んだものの、結局、父の期待していた道からはそれてしまったのです。自分勝手な選択を父に詫びましたが、「やるなら頑張れ!」と背中を押してくれたことを感謝しています。

私の感性を培ってくれたFM放送

 これも父に感謝しなければなりませんが、高校入学のお祝いにステレオ(※注)を買ってくれました。
(※注:昭和30年代に登場した、横に長く、脚の付いた、家具・調度品といった趣のオーディオ装置。)

 そのステレオには3バンド(中波、短波、FM)のチューナーが付いていて、当時始まったばかりのFM放送には音楽番組が多かったので、学校から一目散に帰ると、毎日さまざまなジャンルの音楽を聴いていました。幸いだったことは、当時のFMから流れる音楽は一級の音楽家によるクオリティーの高いものだけでしたから、正しい音感と感性を培うことができたと感じています。

 大学生時代にはコンサートホールソサエティーという会員制のレコード通信販売に入会しました。毎月送られてくるカタログから、気に入ったレコードだけを買うシステムで、主にはクラシックでしたが、まだベルリオーズの「幻想交響曲」も知らない頃でしたから、自分の知らなかった音楽を聴く経験にもなりました。

 このようにして、いろいろな音楽に触れていく中で、メロディだけを書くことよりも、サウンドを作るとか編曲をするということに興味を持つようになったのは、ごく自然な流れだったと思います。

音楽家としての出発

 大学を飛び出てヤマハ音楽振興会の教室で作編曲を学んだのち、同会のスタジオ勤務などを経て「ヤマハポピュラーソングコンテスト」(ポプコン)や、それと連動したラジオ番組「コッキーポップ」で、応募された曲をアレンジするようになりました。「ポプコン」は1969年に第1回が開催されたコンテストで、フォークソングやニューミュージックのアーティストを数多く輩出しました。通常はデモテープで審査するのですが、当初は、メロディのみが書かれた楽譜で応募する人も少なくありませんでした。審査員が審査するためにはデモ音源を作る必要があり、当時ヤマハに所属していた縁もあって、応募作品のアレンジを任せてもらうことになったのです。「コッキーポップ」で放送するための音源のアレンジも手がけました。この仕事をしていた期間は1~2年ほどでしたが、数多くの楽曲のアレンジを手がけることができ、私の習作時代となりました。

 編曲家としての最初のヒット作は、高木麻早さんの「ひとりぼっちの部屋」という曲ですが、この曲も「コッキーポップ」から生まれたものです。

忘れられない人生初のレコーディング

 習作時代を経て、いよいよ本格的なレコーディング・スタジオでレコーディングに臨む日が来ました。私の中で一番大きなターニングポイントになった日です。その日スタジオに出向くと、業界最高ランクのスタジオミュージシャンが顔を揃えていて、いざレコーディングが始まると、私のアレンジした曲が素晴らしいリズムとサウンドとなって演奏されたのです。そのおかげで、プロとしてやっていく自信を持てました。もし、演奏がいまひとつだったら「自分の編曲はこんなものか」と自信を失い、今の自分はなかったかもしれません。あの日、素晴らしい演奏をしてくれたミュージシャンたちには感謝していますし、今でも演奏家の最高の演奏が、私のアレンジを支えてくれていると感じています。

 作家の著作権を守るJASRACがあるように、演奏家の著作隣接権(商業用レコードの二次使用料を受ける権利など)を守るMPN(一般社団法人演奏家権利処理合同機構)があります。私はMPNの理事を務めていますが、あのレコーディングの日からずっと、演奏家に感謝し、演奏家をリスペクトする気持ちを持ち続けています。良い音楽は例外なく、良い演奏のおかげですから。

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