プレスリリース

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2022年5月10日
一般社団法人日本音楽著作権協会
(JASRAC)

ウクライナ出身の音楽家 ナターシャ・グジーさんインタビュー

JASRACは、「Songs for Ukraine」キャンペーンの一環として、ウクライナ出身の音楽家ナターシャ・グジーさん(JASRAC委託者)のインタビューを行い、祖国ウクライナへの思いを伺うとともに、ウクライナの音楽や文化をご紹介いただきました。ぜひご覧ください。


ウクライナの音楽・文化を日本に伝えたい

画像1.jpgご縁があり2000年から日本語学校で学びながら、日本での音楽活動を開始しました。一生懸命勉強もして、2003年には日本語能力検定1級に合格できました!

当初はウクライナの曲を弾き語る音楽家でしたが、2001年に出会った作・編曲家の井上鑑さん(JASRAC正会員)に、詩や曲を作ることを勧めていただきました。

井上さんには、和楽器をはじめ、さまざまな楽器や音楽家とコラボをさせていただいたり、ウクライナ民謡中心の音楽家だった私を20年以上見守っていただいたおかげで、今では作詞作曲もしたり、アレンジ含めて自分の想いを音楽で表現できるようになりました。心から感謝しています。

2016年には、井上さんらとウクライナで記念コンサートを開き、和楽器や日本の音楽家を祖国の人たちに紹介するという私の夢がひとつ叶い、しかも大好評でした。

私は日本とウクライナの文化の懸け橋になりたいと願ってこの22年活動してきました。2008年には、テレビ朝日「徹子の部屋」に出演させていただき、黒柳徹子さんにウクライナの音楽や文化についてお話をし、ウクライナの楽器バンドゥーラの演奏も披露しました。2013年には日本テレビ「24時間テレビ」に出演し、日本武道館で『いつも何度でも』(作詞:覚和歌子、作曲:木村弓)をバンドゥーラの弾き語りでお届けできました。

2017年にはJASRAC主催の「世界を旅する音楽」への出演依頼をいただきました。その時の企画で誕生した『コトリャレフスキーへの鎮魂歌』は、ウクライナの伝説的詩人、タラス・シェフチェンコの詩に曲をつけた思い出深い曲です。


こんな時だからこそ、沈黙してはならない

私は音楽家です。音楽家というのは、どんなときも音楽の持つチカラを信じている人々であると私は思っています。私自身、子どもの頃から、どんなにつらいことや悲しいことがあっても、音楽に励まされて、勇気づけられて、これまで生きてきました。そんな経験を、私の音楽を聴いてくださる方にも届けたいと思っています。メロディーや歌詞に色々な想いを乗せて、私の歌を聴いてくださる皆さんに伝えたい。また、私の歌うウクライナの曲から、ウクライナを身近に感じていただき、ウクライナのことをもっと知りたいと思っていただけたらと願っています。

来日してから20年以上たっていますし、ウクライナの音楽家たちとはそれほど交流しているわけではありませんが、今この瞬間に彼らが「楽器ではなく銃を持って戦っている」ことは、とても悲しくてたまりません。さまざまな想いを持っているであろうウクライナの音楽家が、その想いを表現することができない今、彼らがいつかそれを表現できる日がくることを信じて、私は日本でできることをしていきたい。今の彼らの気持ち、表現できない無念さを想像できるからこそ、その他の音楽や芸術に携わる者は、困難に際して「沈黙してはならない」と思っています。

ナターシャさんの音楽のルーツ・原点は?

編集_DSC04822.jpg私は家族がみんな音楽好きという環境で生まれ育ちました。家族の中にプロのミュージシャンはいませんでしたが、ウクライナの家庭では、日常の生活の中に歌があふれていて、誰かが歌うとみんな自然とハモったり。歌うのはいつも古くから伝わるような民謡でした。そしてそれが私の音楽のルーツです。地域で民謡にも違いがあり、私の両親はウクライナ西部出身で、民謡もポーランドに近いものだったかもしれません。

このほかウクライナでは、刺繍の文化が根付いています。女の子はみんな学校でも習いますが、代々祖母や母から手刺繍を教えてもらいます。ウクライナでは刺繍はとても大切なもので、民族衣装の胸や袖、首に刺繍をして、そこから悪いものが入ってこないようにしています。日常のさまざまな儀式にも刺繍の布が使われます。

ウクライナでは夏休みが3カ月もあって、子どものころ、ウクライナの西の方の祖母の村で過ごす時間が長くありました。大地の上で、家畜の世話や刺繍をしながら、よく歌っていました。そんな環境の中で、今思えば、歌や音楽とこの大地は「自分の身体と繋がっている」と感じながら育ちました。だから、その「原体験」を今でも大切にしていて、音楽活動の原点になっていると思っています。

ウクライナのことを、もっともっと知ってほしい

ウクライナの学校の教室には、伝説的詩人タラス・シェフチェンコの肖像画が飾られています。彼の詩集「コブザーリ」は、人々の精神的な支柱として心の中に生きています。私の演奏しているバンドゥーラは、もともともう少し小さくて弦の少ない「コブザ」という楽器でした。目の見えない人が多かったそうですが、コブザを演奏して貧しい村々を訪れる吟遊詩人は「コブザーリ」と呼ばれ、日本の「琵琶法師」のような存在でした。

そんなウクライナの魂とも言えるシェフチェンコの詩は、多くの民謡になって歌われています。それを日本で大胡(だいご)敏夫(としお)さん(故人)という方が、日本語の音節に合うように、しかも原詞の意味に忠実に意訳して、歌える作品として発表されています。私にも良くしていただき、頂戴した歌集は私の宝物です。その大胡さんの訳詞された『我がキエフ』は、私もよく歌いますが、日本でいう『故郷』(作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一)のような曲として、ウクライナでは誰もが知っている曲です。日本の皆さんにもウクライナ語で、日本語で、ぜひ歌っていただきたい楽曲です。

ところで私のコンサートは、もちろんホールが多いのですが、意外と「お寺」での出演が多いです。私もバンドゥーラも不思議と「お寺」との相性が良いみたいです。

あと食文化についても一言。私、来日当初から「梅干し」が大好きなんですが、「納豆」がどうも苦手だったんです。それから頑張って、2019年、ようやく少し食べられるようになりました!それから、ウクライナ料理のフルコースを作って歌も歌うディナーショーを2020年に開催しました。あまり知られていませんが、「ボルシチ」はウクライナ発祥の料理です。ボルシチは、日本のお味噌汁と似ていて、家庭によって具材や味付けが少し違ったりしますが、ビーツはたくさん入っていたほうが、おいしいですよ。私の「なっちゃんボルシチ」のレシピをウェブサイトで公開していますので、試してみてください。

これからも日本の皆さんに、私やウクライナの音楽、文化などを通じて、もっとウクライナに興味をもってもらい、もっと知ってもらいたいと願っています。そうしてウクライナを好きになって、これからも長くウクライナの復興、そして未来をつくる子どもたちを支援していただけたら、何よりうれしいです。

ナターシャさんのプロフィール、今後の活動など(OFFICIAL WEBSITE)

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