私は、せっかく書いた作品が使い捨てにされるのは嫌でした。頼まれて書いた作品でも、生意気にも後世に残るようにしたかったのです。「おはなしゆびさん」がヒットしたころ、作曲家たちは歌を作っても、譜面を残すことにさほどこだわっていないようでした。でも私は、広く知ってもらうためには出版が大事だと思っていました。
楽譜があるから演奏され、レコーディングされ、放送される。楽譜がなければ、その曲は広がりようがない、と。私は、自分の作品が楽譜として出版されることにこだわりました。書いた作品は、かなりの割合で出版され、日本の作曲家の中でも楽譜の出版数が多い方だと思います。出版ということにこだわったことは大正解だったと今では思います。
現時点で144版を重ねるベストセラーとなったピアノ曲集「お菓子の世界」の序曲は、もともとNHK番組「ピアノのおけいこ」の新曲として書いたものです。曲はすらすら書けて、タイトルをつけようと実際にピアノで弾いてみたところ、あるものがどんどん目の前を通り過ぎていくイメージがわきました。そして「ベルトコンベヤー」という言葉と、「お菓子の」という素敵な形容詞が浮かびました。手前にキャラメルのベルトコンベヤーでキャラメルが流れていく。その向こうがドロップスのベルトコンベヤー、その向こうはチョコレート、というように。コンベヤーなので動きがあり、色々な色彩のお菓子が流れていく。そういうわけで序曲のタイトルは「お菓子のベルトコンベヤー」に決めました。
番組でオンエアされると大きな反響がありました。それで全音楽譜出版社から、「ゼンオンニュース」という小冊子にお菓子の曲だけの楽譜連載のお誘いをいただき、しかも連載終了後には曲集にしてくれるというので、喜んで引き受けました。
この曲集の各曲には「シュー・クリーム」「おにあられ」「チョコバー」のようにお菓子の名前が、間奏曲には「どうしてふとるのかしら」「くいしんぼう」のように面白いタイトルがついています。当時、全音楽譜出版社に松岡さんという方がいらっしゃって、その方と話し合ってタイトルを決めていきました。作曲するのが楽しくて楽しくて。作曲家になれて嬉しいなと思いながら作っていましたね。
ネイティブのアメリカ人に訳してもらった英語タイトルは「CONFECTIONS A Piano Sweet」。スイートは「甘い(Sweet)」という意味と、まったく同じ発音で「組曲(Suite)」という意味をかけています。名訳ですよ。