作家で聴く音楽 JASRAC会員作家インタビュー Interview
大島ミチル

●PROFILE

長崎県長崎市生まれ。国立音楽大学作曲科卒業。在学中から作・編曲家として活動を始め、映画音楽、番組音楽、CM音楽、アニメーション音楽、施設音楽などさまざまな分野で活躍。大学在学中に交響曲「御誦(おらしょ)」を発表。その後も映画音楽、番組音楽を中心に数多くの作品を作曲。2009年のNHK大河ドラマ『天地人』の音楽も手がける。

また、女優の吉永小百合さんが行っている原爆詩の朗読会で音楽を担当しているほか、フランスと日本でCD「For The East」を発売。フランスのリモージュでレジデンスコンポーザーとしての活動も予定しているなど、活躍の場はさらに広がっている。

『眉山』で第31回(2008年)日本アカデミー最優秀音楽賞 を受賞、同優秀賞を『失楽園』(第21回)、『長崎ぶらぶら節』(第24回)、『陽はまた昇る』(第26回)、『阿修羅のごとく』(第27回)、『北の零年』(第29回)、『明日の記憶』(第30回)で受賞。また『失楽園』で第52回毎日映画コンクール音楽賞、『鋼の錬金術師』で2006年アニメーション・オブ・ザ・イヤー音楽賞、『明日の記憶』で2007年ジャクソンホール映画祭(アメリカ)ベスト映画作曲賞を受賞。他に2005年マックスファクタービューティースピリット賞受賞。

1992年10月よりJASRACメンバーに。

大島ミチル オフィシャルウェブサイト
https://michiruoshima.com/

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フランスと日本で違う時間の流れ
『For The East』の録音をしたフランスのリモージュ
にある音楽施設のプロデューサーから、「外の人の
新しい風が必要だから、レジデンスコンポーザー(所
属作曲家)にならないか」という話をいただきました。
話があったのは一昨年なんですが、去年はずっと打合せで、今年からコンサートを企画してと、何年っていう単位の仕事なんです。映像の仕事だと長くても一年先ってことはあまり無い。最初の打合せでびっくりしたのは、私があんまりあれこれと言うと、「ミチル、話を急がないでくれ。ひとつでいいんだ今日は」って言われる。私は来ている間に全部話してしまおうとするんですけど、向こうはひとつ話がまとまれば十分というスタンス。音楽っていうのは何百年の歴史の積み重ねで、だから今日明日で全部決める必要は無くて、スペインの「サグラダ・ファミリア」みたいに、百年後に何かひとつ今と違ったものが残せればいい、くらいの感覚。すごい勉強になりますね。

何をやるかについても、「何でもいいからあなたのやりたいことを言ってくれ」って言われて困ってしまいました。日本にいると映像があって、タイムリミットがあって、監督からの要望があってと、いわゆるリミットのある環境でいつも仕事をしているのが、向こうは「あなたは何をやりたいの」からスタートするので、自分から作っていかないといけない。まったく正反対です。

フランスに行くと、日常の時間の流れがとてもゆったりしているので、ほっとする。日本に帰ってくると、言葉が通じるからほっとする。向こうに着くと帰ってきたなって思って、でも日本に戻ってくるとまた帰ってきたなって(笑)。
音楽に触れることが日常の文化
もうひとつ驚いたのは、日本では一部の詳しい人が聴いているような現代音楽のコンサートでも、フランスでは70~80代のおじいさん、おばあさんが足でリズムを取って楽しそうに聴いていたこと。目の前で演奏してくれる人がいて、それを見に行くというのが喜びであり、日常なのでしょうね。コンサートの料金も安く、特にお金をかけなくても一般の人が楽しむことができる。そういう環境があると、音楽もまた広がっていくのだと思います。
フランスでは権利意識の高さも目立ちます。街で写真を撮っても、たとえばインターネットに流すとか、何かに使おうとしたら、ちゃんと許諾をもらっておかないと後で大変なことになります。ものすごくうるさい。あらゆることに対して、最初から権利意識が高いんじゃないかと思いますね。
今だから伝えられるメッセージ
若い人に何かメッセージを伝えるとすれば、ひとつは好きなことを見つけること。好きなことだと大変でも我慢できる。嫌いなことだと本当に我慢だけになっちゃう。どんな仕事でもいいから、好きなこと、夢中になれることを見つけることかな。あともうひとつは、続けること。

小学校3年生ぐらいのとき、一度音楽をやめたいと思ったことがあります。テキストがつまらなくて、弾いていてもつまらなくて、その頃の日記に、「明日になったらお母さんにやめるって言おう」っていつも書いていました。あの頃が一番、音楽が好きになれなかった。よく高校生ぐらいで、自分の人生って何だろうと悩むのと同じようなことを、小学校3年生で体験したんだなって今は思います。でもそれから、テキストが変わったりクラスが変わったりして、だんだん夢中になって楽しめるようになったんです。そうならずに、もしあの時のままずっときていたら、やはり自分の人生に空白というか、虚無感があっただろうと思います。

好きなことを続けていても、嫌になる時期はきっとある。でもその時期を乗り越えると、また好きになれるんじゃないかなと。続けることは本当に大切だと、今だから思いますね。だからぜひ、好きなことを見つけて、あきらめないで続けてほしい。私はあのとき乗り越えてからずっと、プロになってからも、音楽をやめたいと思ったことは一度もありません。生まれ変わっても、また作曲家になりたい。そう言うと「幸せだね」って周りによく笑われます。友人には「生まれ変わっても大島さんにはなりたくない」って言われますけどね。いつも曲書かなきゃ、書かなきゃと言っているから(笑)。