ページ内移動用のメニューです。


被災地の心は一つ。歌に願いを託して。

臼井真さん / 小学校音楽専科教諭、大学准教授

(2022年3月公開)

「ふるさと」のことを思いながら

『しあわせ運べるように』を神戸市立
吾妻小学校で合唱(1995年2月27日)

 阪神・淡路大震災は、1995年1月17日5時46分に起きました。今でもその時の衝撃を忘れません。教員人生で一日たりとも欠かさなかった子どもたちの「朝練」の準備が幸いしました。金管バンドの早朝練習のために早めの朝食を終え、支度するために二階に上がった2〜3分後に地震が起きたのです。我が家は二階が一階に落ちてぺしゃんこになりましたので、二階に上がらなければ絶命していました。その惨禍を機に作詞・作曲したのが『しあわせ運べるように』です。今では国内だけでなく、各国の被災地で歌詞が翻訳されて歌われています。

 この曲は作ろうと思って作ったわけではありません。考えて詞を書いたわけでもなく、体の奥底から言葉が湧き上がってきました。歌詞の一部に「傷ついた神戸を もとの姿にもどそう」とありますが、実はそれまで、神戸を故郷と意識することがありませんでした。無残にも街が失われたことで初めてかけがえのない存在と分かりました。歌詞の中では、再生への祈りを込めて神戸を擬人化しました。傷を癒して立ち直ってもらいたいと。

 避難所と化した小学校では音楽と無縁の生活を送っていたため、授業再開後に鍵盤に触れたときは不思議な感覚でした。震災後、初めて子どもたちと歌ったのは幼稚園児向けの楽譜集にある『おはよう』(作詞:新沢としひこ、作曲:中川ひろたか)という曲です。月ごとに合唱曲を選んでいて、たまたま1月がその曲でした。「きょうも きみに あえてうれしい」と始まる歌で、私と、傍にいた同僚の教員は涙が止まりませんでした。子どもたちは教員二人がなぜ泣いているのか分からなかったと思いますが、これこそが幸せだったんだと。何でもない当たり前のようなこと、当たり前のような暮らし、そして故郷の存在を思い返しました。

 恐らくは誰にでも故郷があると思います。それが不幸にも震災で失われることが国内外で絶えません。被災地で『しあわせ運べるように』が歌われるときは「神戸」の部分を「ふるさと」もしくはその場所の地名に置き換えられています。被災地の思いは一つです。もしこの歌がお役に立てるなら、故郷のことを思いながら歌ってほしいと願っています。

音楽を届けるときに配慮したいこと

 音楽などの芸術はある程度の心のゆとりから生まれるものだと思います。震災の後にまず消えたものは音楽でした。当然ながら災害時に優先されるものは衣食住の確保です。生きるために必要なものが被災者に行き渡った頃、避難所にある日、花が届きました。その時に「あっ、花だ!」と喜んでいる人の姿を見て、花をめでるゆとりができた時に音楽を欲する気持ちがよみがえってくる、という感覚を覚えました。

 東日本大震災の被災直後、『しあわせ運べるように』が被災者に配慮されること無く届けられているのを目の当たりにしました。私は自身の経験で音楽が必要とされるタイミングを知っていましたから、自分の考える最善の時に被災地に歌を届けられることができたらと願っています。この歌には「亡くなった方々のぶん」という歌詞があり、今その言葉を聞きたくないと考える人々の存在も想像しています。「この歌で元気を出して」という善意はやむを得ませんが、歌を一方的に押しつけるのではなく、さりげなく届ける意識が大切と考えています。

オリジナル楽曲で築いた交流

神戸市立御影北小学校時代

 学校でオリジナル曲を作るようになったきっかけは、教師になって2年目の頃です。運動会などの学校の行事では昔から定番の歌がありましたが、「今の時代に沿う歌だろうか」と疑問に思ったのがきっかけです。同じ理由でオリジナル曲を作る先生が他にもいました。

 最初にキャンプファイヤーで歌う曲を作りました。その後も継続して曲を作ろうと思ったわけではなかったのですが、ある日、職員室にいると、校庭で遊んでいる子どもたちの歌声が風に流れて聴こえてきました。私の作った歌です。これはうれしかった。授業以外で子どもたちが私の曲を歌ってくれることに創作の手応えを感じました。それ以降、気が付いたらオリジナルが400曲に達しました。

 私が作った歌の中には6年生が卒業する際、最後の授業で私が歌う『ラストソング 巣立ちゆく教え子へ』という歌があります。これから先、どんなことが待っていても「音楽の楽しさだけは覚えていてほしい」「いつも音楽を友だちに」と願って歌います。初めてこの歌を披露したその日、子どもたちが帰った後、片付けのために音楽室に戻ると、黒板いっぱいに「音楽の先生が臼井先生でよかった!」と感謝のメッセージが書かれていました。目に涙を浮かべて聴いてくれた子ども達の姿や、色とりどりのチョークで書かれたメッセージは、映画のワンシーンのようで忘れられない思い出です。

今後の活動

退職前、音楽室での授業

 小学校の教員を定年で退職した後、2021年度から神戸市にある神戸親和女子大学発達教育学部児童教育学科で音楽教師を目指す学生さんたちを教えています。ピアノの実技を指導したりするほか、防災安全教育の一環として『しあわせ運べるように』に込めた願いなどを講義したりしています。

 心豊かな子どもたちになってもらうには先生が心豊かでないと。いくら頭が良くて優秀でも、先生が冷めていたらダメです。子どもたちが主体的に何かをしたら心から喜べるように。目に見えない人の心や、美術・芸術に感じ入ることのできる先生になってもらいたいと思います。

 現場から離れた今も、講演会で学校に出かけると子どもたちに出会えます。長く子どもたちに寄り添い、指導のために全てと言ってよいほどの時間を費やしてきましたから、子どもたちの目の輝き、子どもたちだからこそ持っている純粋さが懐かしくなります。今後、カルチャーセンターで音楽の講義を持つ機会があり、受講生に小学生の生徒もいます。希望する子どもたちにはこれまでどおり、自分がやってきた方法で音楽を教えたいと思っています。

『しあわせ運べるように』(作詞・作曲 臼井真)
『おはよう』(作詞 新沢としひこ、作曲 中川ひろたか)

Profile
1960年、神戸市生まれ。1983年から神戸市内の小学校で音楽専科教諭を務める傍ら、小学生のために合唱曲を作詞、作曲。2021年3月、定年退職を迎えるまでに創作したオリジナル曲は400曲を超える。なかでも1995年、自宅が全壊した阪神・淡路大震災を機に作詞・作曲した『しあわせ運べるように』は多くの人々の心を捉え、神戸の復興を願うシンボル曲となった。「地震にも 負けない 強い心をもって」と歌われるこの作品は、コンサート、本や楽譜、CD・DVD、報道などを通じて新潟県中越地震、東日本大震災、熊本地震、イラン・バム地震など内外の被災地に広がり、現在12カ国語に翻訳され歌い継がれている。2020年には、全国の小学校の音楽教科書に掲載された。2011年、文部科学大臣優秀教職員表彰、2021年、兵庫県功労者表彰文化功労などを受賞。現在は神戸親和女子大学准教授。第8回JASRAC音楽文化賞受賞。

『しあわせ運べるように』の音源や楽譜を制作・出版した理由
〜株式会社アスコム 代表取締役社長 高橋克佳さん〜

 阪神・淡路大震災から5年後の2000年1月、神戸でピアニスト辻󠄀井伸行さんの出演するチャリティイベントを観覧しました。彼のお母さんである辻󠄀井いつ子さんのエッセイの出版を計画していたためです。そのイベントで『しあわせ運べるように』を初めて聴きました。フィナーレでたくさんの子どもたちが舞台に上がり、まだ小学5年生だった伸行さんの伴奏で歌い始めました。

 歌詞は生々しいのに、メロディーが美しい。子どもたちの澄んだ素直な声と伸行さんのきれいなピアノは見事にとけあって、聴く者の心にストレートに届き、気がつけば涙が頬を伝っていました。他の多くの聴衆も涙を流していました。この不思議な力のある歌はいったい何という歌なのだろう。それが『しあわせ運べるように』との出会いでした。

 2011年3月11日、東日本大震災が起き、我々出版社に何が出来るかと思いを巡らせた時、あの日の歌が蘇りました。面識のない臼井さんに急いで会いに神戸へ行き、何が出来るかを何時間も話し合い、『CDブック しあわせ運べるように』を出版することになりました。その時、臼井さんが楽譜を各方面から求められるたびに自身でコピーをして郵送していたこと、キーがさまざまに移調されて異なる学校同士で合唱しにくいこと、歌詞がスポーツの応援歌に無断で変えられていたり、三番の歌詞が勝手に付け加えられていたりすることなど、臼井さんの苦労や悩みを知りました。

 そこで臼井さんの作品に込めた願いや、新たに作るCDに込めた思いを本にして、また、多くの方々が共有できる公式の音源を広めなければと考えました。そして、歌詞にある「神戸」の部分を「ふるさと」に置き換えた「ふるさとバージョン」を作ることで、この鎮魂と復興の歌が日本中に届けばと思いました。

 CDを録音するにあたり、指揮者の佐渡裕さんが芸術監督を務める兵庫県立芸術文化センターにご協力いただき、スーパーキッズオーケストラ、辻井さんの指導者でもあったピアニストの川上昌裕さん(現東京音楽大学准教授)、臼井さんと大学の同窓で、神戸市の小学校の音楽専科教諭の同僚でもあった合唱指導者の室屋尚子さん、さらに多くの子どもたちの協力を得ることができました。

 我々は「音楽出版事業」を新たに手がけるために会社の定款を改正し、JASRACと信託契約を結んだのはこのことがきっかけでした。CDブックにJASRACマークを付すことが出来て、歌と作者の権利が大切に守られていることも多方面にアピールできたと思っています。また、音楽出版社として、公式の楽譜も作ったことで、正しく作品を広めることができました。現在は、神戸をはじめ、東北、熊本などでも大切に歌い継がれています。

 この『しあわせ運べるように』がメディアで取り上げられたり、コンサートやイベントなどで利用されたりする場合には、著作権譲渡契約を臼井さんと結んだ我々がJASRACを通じて所定の著作物使用料の分配を受けていますが、我々から再分配を受けている臼井さんは、東日本大震災と熊本地震の支援のためにその全額を寄付されていることを、この場をお借りして付け加えます。

このページの上部へ