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音楽が持つ“表情”は人の魅力と一緒です。

長田暁二さん / 音楽文化研究家

(2022年7月公開)

80年の歩みで500作目が目前

 1953(昭和28)年、キングレコードに入社しました。それ以前、コロムビアでアルバイトをしていましたから、80年近く音楽業界に身を投じていることになります。レコード会社ではディレクターとして、また1982年に独立した後は著述業も加わり、歌謡曲、懐メロから童謡、民謡、クラシック、オペラまで幅広く、自分が伝えたいと思った音楽の魅力を、人まねを避けて独自に届けてきました。

 今、92歳です。手掛けた評論、解説、書籍の数が498。499作目については民謡と流行歌をテーマに執筆中です。500作目もテーマが決まっていて、国内外の音楽作品を扱います。パソコンを未だに使いませんから、右手の“ペンだこ”がこのとおり立派に(笑)。500作品の達成が目前です。

戦争が遺した歌の持つ意味

長田暁二著『戦争が遺した歌』
(全音楽譜出版社刊)

 私は1930(昭和5)年に東京で生まれ、岡山県の笠岡市で育ちました。父が曹洞宗の僧侶でしたから「お寺の子」と呼ばれていました。今のウクライナ情勢は、仏教が教える慈悲の観点から見るとあってはならないことです。人々に音楽を楽しんでもらうことを生業(なりわい)にしてきた身としても、とても残念でなりません。

 私は2015(平成27)年、『戦争が遺した歌』を、第2回JASRAC音楽文化賞を受賞した年に上梓しました。軍歌・軍国歌謡の全253作品について、それが作られた背景やそれを受け止めた国民の反応、その歌が及ぼした影響などを約800ページにわたって紹介しています。

 戦争は犯罪です。ただ戦時下に生まれた音楽はいろいろな表情を持っています。軍歌は国民の戦意を高揚させるとのレッテルが貼られていますが、そんな単純なものではありません。例えば軍歌は「ニュース」の機能も持っていたため、軍人が、戦火の状況を歌詞に反映させて歌って回っていました。それも当時のくらしの一コマだったのです。幼少の私の耳にも届き、耳が良いと褒められていた私は、知らず知らずのうちに覚えて歌っていました。お墓の掃除を手伝いながら。それらは、私が編集した『童謡名曲事典』(第50回日本童謡賞特別賞受賞)、『日本民謡事典』『日本の抒情歌100選』で紹介した作品と同じくらい、くらしに密着した貴重な文化的側面を持っているんですよ。

子どもたちと音楽

 私が音楽と深く接するようになったのは、3歳の時に列車にひかれたことがきっかけでした。一人で線路に立ち入ってしまったのです。実は家族で住んでいた父の実家の寺が焼失し、父は再興のため私と兄を連れ、生地の岡山に帰郷しました。その際、母と離婚したため、線路を辿れば恋しい母に会えると思ったのかもしれません。その事故で左足の指を失う大けがをしました。いつまでも痛みがひかず、寂しさも募ってか泣き続けていたため、父親がなけなしの金をはたいて蓄音機を買ってくれました。聴いていたレコードに童謡・唱歌はほとんどなく、『赤城の子守唄』、『国境の町』、『東京ラプソディ』、『出征兵士を送る歌』などの作品に随分となぐさめられました。

 そんなこともあってか、キングレコード時代、子ども向けのレコード企画に熱心に取り組みました。例えば、音楽入門レコード『チュウちゃんが動物園へいったお話』です。音楽に興味のない子どもでも、まずナレーションで、動物が登場するストーリーに子どもを引き込んで、鳴き声や性質を再現する演奏で声楽、器楽を楽しく味わってもらう斬新なレコードです。子どもの成長に合わせ、洗練されたリズムやハーモニーも感得できるようにしました。この作品は、1958(昭和33)年、文化庁芸術祭賞を受賞しました。童謡詩人の小林純一に構成をお願いし、作曲は「ロバの会」(磯部俶、宇賀神光利、大中恩、中田一次、中田喜直)という、そうそうたるメンバーです。まどみちおにも作詞に協力してもらいました。

 海外の児童合唱団も積極的に招聘してレコードを制作しました。戦後はヨーロッパにも、日本同様、多くの戦災孤児がいたんです。教会が彼らを音楽の力で救おうと手を差し伸べ、各地で児童合唱団が生まれました。その成長した姿と歌声を、同じく戦争で傷ついた日本に紹介したかったのです。東京少年少女合唱隊の創設指揮者・長谷川新一からの紹介状を手にたびたび渡欧しました。電子メールのない時代に「エアメール」を送ってね。空港に降り立って、バス停を探したり道を尋ねたりして、ある時は田んぼのあぜ道も歩きましたよ(笑)。どうにかこうにか合唱団の主宰者を訪ね当てると皆一様に驚きました。『本当に来るなんて。あなた何者なんですか』と(笑)。ウイーンの森少年合唱団、オーベルンキルヘン少女合唱団、またフランスやスペインそれぞれで活動していた「木の十字架少年合唱団」、ブルガリアの国立ソフィア少年少女合唱団など、いずれも思い出深い合唱団です。

世界で認められた「落選作」

 クラシックのレコーディングで印象深いのは『ピアノと鳥とメシアンと』です。これはフランスの現代音楽の作曲家、オリヴィエ・メシアンの“ピアノとオーケストラ”による作品を独自にコンプリートしたレコードです。鳥と自然をテーマにした作品であることから、そのようにタイトルを付けました。

 レコーディングに2年かかりました。「まだできないのかっ」と会社に怒られ続けても、指揮者の岩城宏之が納得いくまで演奏に付き合ったのです。メシアンが意図した鳥のさえずりを上手く演奏で再現でき、やっと出来上がったこの自信作を芸術祭に出品したところ、まさかの落選。ところが当のメシアンにテープを送ると「これは素晴らしい」とヨーロッパで紹介してくれたことがきっかけとなって、1974(昭和49)年、世界で最も権威があるとされる、フランスのACCディスク大賞を受賞しました。

音楽の魅力を人々に

2022年5月21日、作曲家吉田矢
健治の叙情歌について講演

 このように人のやっていない仕事をするのが好きでした。その分、苦労することが多いように周りは見ていたかもしれませんが、私自身は音楽なら何でも好きでしたから、苦労を深刻に感じたことがありません。音楽にはどんな作品にもさまざまな表情があります。それらは人に感じる魅力と一緒なのです。幸いにも歌謡曲や童謡、民謡、クラシックなどさまざまな分野で、大御所と呼ばれる人たちと親しく交流することができました。それもこれも、一人でも多くの人々に音楽の魅力を届けたい、その一心で働き続けた結果です。

 今後も、そこで得た知見と音楽の魅力について、多くの音楽ファンと共有できるよう、イベントの企画、著述、講演などで還元していきたいです。5月も下旬に、けやきホール(JASRAC本部ビル事務所に隣接)で講演を終えました(笑)。

Profile
1930(昭和5)年、東京で生まれ、岡山県で育つ。大学卒業後、キングレコードに入社。以降、複数のレコード会社にわたってレコード制作ディレクター、役員を歴任後、独立。歌謡曲、懐メロ、童謡、民謡、クラシック、オペラと幅広い分野にわたって活動。企画制作を担当したレコードについては『ピアノと鳥とメシアンと』がACCディスク大賞を受賞するなど、多くの賞を受賞。また、自著・編著については、『わたしのレコード100年史』など多数。近年はディレクター、著述のほか、文化講座への講演も行う。2007(平成19)年、『日本童謡名曲集』の出版など音楽文化研究における長年の業績に対して日本童謡協会から童謡文化賞を贈られた。このほか2008(平成20)年、板橋文化功労章、2015(平成27)年、JASRAC音楽文化賞、2021(令和3)年、日本童謡特別賞を受賞。

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