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音楽文化は常に人の手によってこそ伝承が可能になるのだと思います。

木戸文右衛門さん / 日本の芸術舞台演出家・評論家

(2021年11月公開)

近況について〜「国風歌舞」(くにぶりのうたまい)の公演

 第1回JASRAC音楽文化賞を受賞した頃は、木戸敏郎でしたが、今は先祖代々の名籍を襲名し、「木戸文右衛門」(きどぶんえもん)と改めています。30年ばかり、国立劇場の演出室で雅楽・聲明(しょうみょう/仏教音楽)などの音楽プロデュースに携わった後、札幌大学、京都造形芸術大学で教授を務め、現在は、東京楽所(とうきょうがくそ)という雅楽の演奏団体で役員を務めています。

 東京楽所は年に1度、サントリーホールで演奏会を催しています。今年は1月9日、雅楽(東京楽所)と聲明による舞楽法会を中心に演奏しました。来年の2月は5日、「国風歌舞」(くにぶりのうたまい)を披露する予定です。その際は解説者として本年に続き舞台に立ちます。

 「国風歌舞」は日本固有の歌と舞です。外来の音楽である唐楽の影響を受ける前から日本に存在していた固有種と考えるべきものですが、現代の日本人は長い間忘却していました。今回の演奏会で、伴奏には私が出土品にもとづいて復元した和琴(やまとごと)を用います。

不遇だった雅楽

 私が長らく研究の対象としてきた雅楽は、長い間、国内で評価されませんでした。自分としてはクラシックに勝るとも劣らないアンサンブルであり、芸術であると考えています。大地から沸き上がってくるかのような勢いを雅楽の音に感じるのです。さらにそれを奏でる古代の楽器「始原楽器」にも悠久の思いを馳せ、当時の音色を現代に蘇らせることができるよう、これまでに約20の楽器を復元してきました。伝統とは昔を懐かしむものではなく、魂をゆさぶるものと考えています。雅楽で魂をゆさぶるには古代の楽器が欠かせません。何としても雅楽を世間に認めさせたかったのです。

推論から部品を発見し、復元できた古楽器

復元に成功した「箜篌」(くご)(左)と
正倉院に現存する箜篌(右)

 始原楽器の一つに「箜篌」(くご)というハープに似た楽器があります。半島を経由して日本に伝来しました。この復元に10年の研究を費やしました。実物が正倉院に現存しますが、破損が著しい。それでも全体像を突き止めたものの、文献通りに23本の絃を張ると張力で本体が持ちこたえられません。何とか現代に箜篌を響かせたい。物理的な推論から足りない部品「支柱」があったはずと確信し、何度も正倉院を訪ね、特別拝観を願い出ました。そこで用途不明の古材から支柱を見つけ出した時には歓喜しました。形や大きさばかりか、遺された共鳴胴の文様ともぴたりと一致したのです。

進退を賭した執念の討議

 このように雅楽が正当な評価を得られるよう苦心を重ねてきたのですが、勤め先の国立劇場の上司にはその意義がなかなか伝わりませんでした。税金で建てた施設なのに客を集められなければ、今後、雅楽の公演を打ち切るしかないと宣言されたのです。それを阻止するため休日も出勤し、私の首をかけて討議を重ねました。西洋音楽の物差しで測れない雅楽という音楽文化の貴重さを説き続けた結果、とうとう上司が根負けし、公演の継続を許してもらうことができたのです。自分が40歳の頃の話です。今日の雅楽があるのは、その時の必死の討議だったと思います。

音楽文化を伝えるのは人

自ら復元した古代エジプト楽器「リラ」を解説

 洋の東西を問わず、音楽文化は古代から脈々と、人々の暮らしの中を大河のように流れています。人を感動させる点でかけがえのない財産です。現行の雅楽の古典は美しいけれど活き活きしていません。私が古代の楽器で雅楽に息吹を与えたり、背景にある美学に特化し、現代音楽の作曲家に新しい雅楽の作品を委嘱したりしてきたのは、かつての活き活きとした雄大な古来の音楽を蘇らせたい、その一心でした。音楽文化は常に人の手によってこそ真の伝統の継承が可能になるのだと思います。

 雅楽を懐古趣味で演奏してはいけません。また、単に人目をひくためのエキセントリックな演奏や安易な前衛思想では時代を乗り越えることができません。植物や動物がさまざまな環境の変化を乗り越えて進化してきたように、雅楽も時代を乗り越える進化が必要と考えます。品種改良に原種が必要なように、雅楽を現代に響き渡らせるには原種に当たるものが欠かせないとも考えています。来年の2月、日本の音楽の原点である「国風歌舞」を催すのはそのためです。原点に戻ろうとしているのは、今日の雅楽に危機感を抱いているからかもしれません。

終わりのない研究

一柳慧(作曲家) 木戸敏郎 三輪眞弘(作曲家) 佐野光司(音楽評論)

「コンサート ジェネシス」会場で
音楽仲間たちと「箜篌」を囲んで
©creativetradition

 古来の音楽への興味、関心は91歳になった今でも尽きません。聲明の研究も続けています。聲明には同じリズムを反復するとき、その一部分を音を出さずに沈黙の状態にする「虚階」(こかい)という奏法があります。実際には音を出さないその部分を聴く人々が自分の意識の中で補うのです。それを上手く視認できる方法がないかと考え、美学にその答えを求めるべく今、研究しています。音楽は演奏が終われば消えますが、消えないものとして物質(今は磁器皿)に「虚階」という美学を定着させることに取り組んでいます。コンセンサスのある図柄の一部分を欠落させることにより、そこに見る人の意識が集中して図柄が完全に存在していた以上の存在感が迫ってきます。国内の個展などを経て、2019年と2021年9月(つい最近)、イタリアで催された国際的なデザインの祭典「ミラノデザインウィーク」に出展。手応えを感じています。今後もこの運動を続けていく所存です。

Profile
1930年生まれ。音楽プロデューサー。元国立劇場演出室長。伝統を創造につなげるために雅楽や聲明の古典作品を再構造化して創造につなげる音楽運動を内外の作曲家と連携しながら展開。また、正倉院の楽器や遺跡出土の古代楽器を考証して楽器として復元するなどし、その成果を海外の学会や音楽祭などで発表して好評を博している。第6回中島健蔵音楽賞特別賞、98年クラウス・ワックスマン賞(アメリカエスノムジコロジーソサイエティ)受賞。第1回JASRAC音楽文化賞受賞。

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