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音楽は自分を表現してくれます、言葉を介さずに。

岩﨑花奈絵さん / 車いすのピアニスト

(2021年11月公開)

近況について〜東京2020パラリンピック開会式での演奏

 コロナ禍で出演するコンサートの回数がめっきり減りました。それまでは年間30回、さまざまな障害を持つ仲間たちと一緒にステージで演奏してきました。そのような中、今年5月末、パラリンピック開会式での「パラ楽団」の一員としてのオファーを受け、8月24日、新国立競技場の特設ステージに出演しました。天皇陛下が開会宣言をした直後、坂本美雨さんが歌った「いきる」(パラリンピック旗入場曲)とパラリンピック賛歌の演奏です。

 当日は、これまでの母との連弾とは異なり、独りで鍵盤の前に座りました。それは演出の要請でもあったのですが、一生に一度の大舞台での、初の試みでした。実は今回、パラリンピック事務局から中々楽譜が届かず、練習できる期間が他のイベントの準備と重なってしまいました。当日まで出演することを伏せていなければならなかったため、相談できる人が少なかったこともストレスの一つでした。仲の良いヘルパーさんにも打ち明けられませんでした。それでも乗り越えられたのは、14歳の時、カーネギーホールで演奏して以降、自分の中で起きた変化の積み重ねによるものかもしれません。

カーネギーホールでの感動、その後の演奏の変化

東京女子大でのコンサート

 ピアノに触れたのは小学校に入学する頃です。姉が弾いているのに憧れたのがきっかけでした。右手の人差し指一本で奏でるのがおもしろく、姉の先生の指導や、姉、母との連弾、発表会の機会をもらったことなどにより、舞台に上がるのが好きになりました。小さな教会でピアノを弾いているところを、武蔵野音大の助教授だった迫田時雄さん(現NPOアンハードノートピアノパラ委員会会長)の目に止まり、以降、先生の誘いで演奏会に出演するようになりました。小学5年生の時には、第1回ピアノパラリンピックに出場し、徐々に大舞台を経験するようになりました。

 迫田先生から渡米のお誘いを受けたのが中学2年生の時です。2007年12月、ニューヨーク国連本部のハマーショルドホールで母と演奏し、その二日後、カーネギーホールの舞台に立ちました。他の出演者がクラシックの名曲を弾く中、自分が弾いたのはディズニー映画の挿入歌のメドレーでした。「星に願いを」、「美女と野獣」です。今まで聞いたことのない拍手、指笛など“ダイレクト”な反応に驚かされ、辛かったことをすべて忘れるくらい、胸がいっぱいになりました。

 でもその体験の後、人前で演奏する時、緊張で身体がこわばるようになったんです。責任のようなものが自分の中に芽生えてきたのかもしれません。それまでは平気で、ただただ無邪気に弾いていたのが、聴いてくれる人の存在を強く意識するようになり、演奏することの意味を考えるようになりました。

音楽は自分を表現してくれる

オンラインでの音楽コンテストに
友人と出演

 どのように演奏すれば良いか、工夫する上で悩んだり苦労したりすることはあります。でもピアノ自体を嫌いになったことはありません。周りの人々の支えがあり、音楽を楽しめる幸運に恵まれました。

 私を含め、障害を持つ人たちは働く場所が極めて限られています。作業所に通ってモノづくりや社会活動に努めていますが、それだけでは物足りなさを感じます。そのような中、音楽に触れることができれば仲間と楽しく交流できます。そして何よりも言葉を介さずに音楽を通じて分かってもらえることを実感できます。これまでニューヨーク以外にも、2009年バンクーバー、2012年台湾、2013年ウイーン、2016年ラスベガス、カリフォルニア、2018年メキシコを歴訪し、言葉が通じなくても、演奏活動を通じてコミュニケートできる経験を重ねてきました。もっとも、すぐに思うように演奏することはできません。それでもコツコツ地道にピアノを練習していると、自分を表現することができることに気付きました。

 2018年に制作したCD「一輪の花」は私のソロデビューの作品です。音楽専門学校の国立音楽院でピアノを教わった池田公生さん(現NPO法人 夢のはな奏であい理事長)に作曲・編曲や指導を受けたほか、多くの人たちの支えで7曲を収録することができました。演奏の難しさに悩んだこともありましたが、池田先生が好きでしたから逃げませんでした。真摯に取り組むことで乗り越えることができました。

 音楽は人を勇気づけるなど、心を動かすことができます。諦めない気持ちが大事であることを、私のピアノの演奏で感じてもらえるとうれしいです。

岩﨑準子さん(花奈絵さんのお母さん)〜障害者移動の支援措置の必要性

聖火ランナーとしても
点火セレモニーに参加

 今回のパラリンピックの演奏は、花奈絵にとって新たな挑戦でした。小さな舞台でのアンサンブルの経験はありますが、大舞台で独りバンドに加われたことにより、新たな可能性を感じています。国立音楽院3年目からエレクトーンにも触るようになりました。鍵盤が柔らかいため、これまで人差し指以外に動かなかった指を用いたり、麻痺の重い左手でボタン操作したり、また単音を弾いたりすることを試みています。

 直近では、演奏会が計画されていたイギリス、招聘を受けていた台湾行きをコロナ禍で断念しました。ただコロナ禍でなくても、障害者にとって航空機での移動は簡単ではありません。座席の確保もトイレの利用にも苦労します。花奈絵は世界各国で歓迎されてきましたから、障害や災難に苦しむ人々のもとに、応援のために同じ障害を持つ人が渡航しやすいシステムができると良いと思います。障害者の移動を支援するような措置が広まることを願っています。

Profile
1993年生まれ。妊娠8ヵ月の早産で、極低出生体重児として出生。その後後遺症で脳性麻痺となり、四肢体幹機能に障害がある。内田(小澤)陽子氏の指導で小学1年からピアノを始め、当初は姉と、現在は母との連弾により、主に右手の人さし指1本で奏でるピアノの演奏活動を続けている。2013年11月にウィーンで開催された「第3回国際障害者ピアノフェスティバル」で特別聴衆賞を受賞。2014年11月、第1回JASRAC音楽文化賞受賞。2015年3月、国立音楽院卒業。2018年1月、初ソロミニアルバム「一輪の花」リリース。

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